避妊

自分を守る避妊 女性が出来ること

自分で守るのが一番

STDにかからないためにはコンドームの使用が不可欠ですが、頭で分かっていても いざセックスとなると、コンドームなんてどうでもよくなってしまうかもしれません。

 

しかし、彼が「信じてほしい」と言っても、病院で検査を受けていない限り STDに感染していないとは言い切れないです。ですから、何の根拠もなく彼を信じたり、自分だけは大丈夫と考えたりしないでください。ましてや、愛情もないのにセックスしたり 相手を増やしていくことは、リスクを上昇させるだけです。自殺行為としか言いようがないでしょう。予防の第一歩は 感染のリスクがある機会を減らすことだと、認識しましょう。

 

コンドームの使用に関しては、女性用なら 自分の意思で使うか使わないかを決めれます。しかし男性用は、パートナーの協力なくしては使えません。
だからといって、相手にすべてを任せるというのも無責任です。使ってほしいのであれば、女性のほうがコンドームを持ち歩き、使ってほしいと頼むべきでしょう。とはいえ「遊んでいるとか面倒だと思われるのでは?」という不安があります。しかし、女性が勝手にそう思っているだけで、男性は意外と 「しっかりした女性」と前向きにとらえてくれるかもしれませんよ。

自分も他人も大事だと考える

避妊する上で重要なのは、それそのものが生き抜くために必要なスキルであるということ。
自分だけが良ければそれでいいという考えでは、性教育は成り立たない。
例えばコンドームの着用について考えてみよう、様々な理由で特に男性はコンドームの着用を拒否できるものなら拒否したいと考えている。
しかしコンドームを着用しないことによる問題は、むしろ男性よりも女性のほうがそのリスクは多大だと言えます。

 

買うのが面倒、気持ちよくない、雰囲気が壊れる、酒に酔ってて、など様々な理由を付けてコンドームの着用を拒否したがるわけですが、女性の立場に立ってみればどうすべきなのかは一目瞭然でしょう。
つまりタブーでも何でもそうですが、自分だけでなく他人も大事だと考えることができれば結果は自ずと平和な方向に進んでいくのは明らかです。

 

自分だけが大事だと考えてしまえば、それは他人をないがしろにしているだけであり、これは性教育だけに限らず社会で生き抜いていく上で持ってはいけない考え方です。
そういったことをどこまで教育で教えていくことができるのか、果たして教えることが出来るのかどうか、教えてもそれが身に着くかどうかは個人の考え方に委ねられるわけです。

 

他人を大事にできないのに、自分を大事にできるわけがない。
そう思えるかどうか、それは性教育の根幹にかかわってくると言っても過言ではありません。
自分も他人も両方大事だと考えることができれば、様々な問題はスムーズに解決するのは間違いのないことなのです。

セックスを回避することも考える

セックスは様々なリスクを抱えています、妊娠、感染症、トラウマなどまたセックスに至る恋愛についてもリスクは存在しています、傷つく、振られる、面倒だといったことは避けようがありません。

 

それらのリスクを回避するために恋愛もセックスもしない、という選択をするとなれば人類の繁栄が途絶えてしまい滅んでいく、という極端な事を言う人がいます。
確かにその通りではあるものの、全員が全員その選択を取るなど考えられませんし、誰が人類の繁栄を考えながらセックスしているというのでしょうか。

 

自分の子供が欲しくて妊活という名目でセックスする人はいます。
ただ、それでも人類繁栄のためではなく、あくまでも自分のためなのです。
誰がセックスしている時に人類の繁栄を考える人がいるでしょうか。
こういった極論を耳にするたびに、不快な気持ちになることと問題の本質が見えていないなと思ってしまいます。

 

だからではないですが、自分の意志でセックスを回避する選択肢を選ぶことは、間違った事ではないでしょう。
人生においてセックスをするというのは必須ではないからです。
セックスしなくても性欲を解消することはできますし、セックスへのリスクを考えた時、それを回避する理論は間違っていないのです。

 

ただ一つ言えることは、セックスを回避することは合理的で効果的ではあるけれども、正しいか?というと答えはYESでもNOでもない、曖昧な結論を導くことになります。
つまり正しいと言い切れない以上、それは正しくないのです。


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